2011.5.15

■ 日本国が原発を導入した歴史的な理由とその顚末 ■

日本経営学界を解脱した社会科学の研究家 @ 17:09:16 ( 経済社会問題の分析・研究 )

 ◎ 被爆国が原発事故で再び被曝している悲劇 ◎

 【福島第1原発の終焉】

 ① 日本の原子力発電所

 世界における原子力発電所設備容量(2008年1月現在,日本原子力産業協会他)は,アメリカが 104基で 10,606万キロワット,フランスが 59基で 6,602万キロワット,そして3番目に日本の 55基〔2011年3月では54基〕で 4,946キロワットであった。この発電出力は,日本で2位の電気事業会社である関西電力が 3,576万キロワットである事実と比較考量しておけばよい。

 1) アメリカに原発導入を指南された日本
 マル激トーク・オン・ディマンド 第526回(2011年05月14日),『ゴジラ+鉄腕アトム+田中角栄=原発大国への道』でゲストのジャーナリスト武田 徹は,大約つぎのように語っている。

 地震国で津波も多く,平地面積も少ない日本は,原子力の恐ろしさを誰よりもしっているはずなのに,なぜ原発大国への道を選んだのか? ゴジラ,鉄腕アトムから大阪万博を経て,田中角栄の電源三法,そして今日の福島に至る道のりを回顧すれば,どうして今日日本が,54基もの原発を抱える世界有数の原発大国になっていったのか,その道程がみえてくる。

 被爆国日本は,原子力の威力を痛感している。日本国憲法の起草の過程でGHQに聞かされた「原子力の日光」が,当時唯一の核保有国だったアメリカの権勢を象徴する一言として,戦後の日本の針路に決定的な影響を与えた。日本人にあっては,原子力に対する複雑でアンビバレントな感情が色濃く反映されている。

 原子力の威力も怖さもしっている日本が,最初に原子力開発への第一歩を踏み出したきっかけは,アメリカの意向にあった。1951年にサンフランシスコ講和条約が締結され,アメリカのアイゼンハワー大統領が国連演説のなかで「原子力の平和利用」を提唱した1953年,日本では原子炉建造予算2億3500万円が国会で可決している。その予算案を改進党の中曽根康弘代議士が提出したのは,アメリカによるビキニ環礁の水爆実験に日本の第五福竜丸が被爆した2日後であった。
 出所)写真帝国海軍士官時代の中曽根康弘,28歳。
    http://nakasone-family.blog.so-net.ne.jp/2010-05-01-2

 アメリカが日本に原子力発電を奨めた理由は,冷戦下における自由主義陣営に原子力の果実の分け前を与えることで,日本などの同盟国の共産化を防ぐ意図があった。日本では1960年代から続々,原発の建造が始まったが,この段階ですでに原発はさまざまな問題:負の遺産を生みだしていた。

 そして,田中角栄首相が登場(1972年7月)すると,原子力政策は決定的な変質を迎える。「日本列島改造論」の一翼を担うかたちで実施された電源三法〔電源開発促進法,電源開発促進対策特別会計法,発電用施設周辺地域整備法〕は,過疎地への原発の誘致が完全に利権として定着するきっかけを作った。

 自民党衆議院議員河野太郎は,脱原発を明言する数少ない政治家の1人であるが,4月30日〔第524回〕のマル激のなかで「自民党の原発関係の勉強会や部会には,原発を誘致した地元の議員しか来ていないため,エネルギー政策の議論をついぞしたことがない」と語った。

 要するに,日本の原子力政策は,エネルギー政策という表の顔のほか,地元への利益誘導や過疎地への再分配政策という裏の顔を併せもつかたちで,今日まで推進されてきた
 注記)http://www.videonews.com/asx/marugeki_backnumber_pre/marugeki_526_pre.asx

 2) アメリカの過去からの警告
 戦後体制のなかでアメリカ主導のもとに建設されはじめた日本の原子力発電は,いまでは世界第3位の原発基数を誇る〈原発大国〉になった。しかも「世界で唯一の被爆国」の体験を有する国として,である。しかし,あの戦争が終結するほんの少しまえの時期を狙い,日本に対してわざわざ2発の原爆を投下したアメリカではあったが,実は「つぎのような戦後の国内事情」をかかえこむようにもなっていた。この事実は,日本の国民が広島・長崎や第五福竜丸の被爆記録をよくしっているのに比べ,いまだにほとんどしられていない。

 春名幹男『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波書店,1985年)は,アメリカが国内で実施してきた核開発・核実験のために,各地に放射性物質の汚染が広がっている事実を指摘している。

 戦時中のマンハッタン計画は,広島に投下した濃縮ウラン原爆「リトル・ボーイ」,長崎に落としたプルトニウム原爆「ファット・マン」の開発・製造に成功したことで所期の目的を達成した。しかし,その陰でどれほど大量の核廃棄物が乱暴に捨てられたことか。ナイアガラの滝近くの施設,東部の静かな郊外の住宅街の真ん中,大学の構内・・・。

 戦後も,冷戦の深刻化でアメリカの核兵器開発には一層の拍車がかかった。しかし,マーシャル初頭やネバダなどで繰り広げられた大気圏核実験の陰で,約25万人といわれる原爆復員軍人や,約17万人にのぼるネバダ核実験の風下住民の健康問題が顧みられた事実があるのだろうか。

 核軍備の増強と並行して,原子力の商業利用に向けた発電用の原子炉の開発も戦後,急ピッチで勧められた。/ウラン鉱の需要はますます増大し,それに伴って大量の核廃棄物がはき出された。だが,ウラン鉱の開発に駆り出されたインディアンらの健康や廃棄物の行方は,一体それほどの関心が払われたのであろうか。

 アメリカは今後,老朽化した原子力潜水艦の廃棄にもとり組まねばならない。商業用の原子力開発でも,原子炉の欠陥や事故,作業員の被曝,廃棄物の処理--など,未解決の多くの深刻な問題を抱えている。そして,それはそのまま,戦後欧米から技術を導入して発展してきた日本の原子力産業の問題でもあるのだ。将来にわたって “ヒバクシャ” を出さないために,アメリカの各開発とその裏面の被害という深刻な警告から,私たち日本人は何を学び取ればよいだろうか。
 注記)春名幹男『ヒバクシャ・イン・USA』はじめに2-3頁。/は原文改行箇所。

 廃棄された核兵器の後始末はむろんである。ところが「商業用の原子力発電所から出る低レベルの核廃棄物も,1960年代初め以来,全米6カ所の浅い土中に」「埋設処理されてい」た。「このうち最大の処理場は,核再処理工場建設地の南カロライナ州バーンウェル」「その他ハンフォード,ネバダ州ビーティ,ケンタッキー州マキシフラッツ,イリノイ州シェフィールド,ニューヨーク州ウェストバレーにもあ」った。

 「1980年末に成立した『低レベル放射性廃棄物政策法』によって,低レベル廃棄物の処理責任は連邦政府から各州当局に移された」。「これにもとづいて北東部,南東部,中部,北西部,ロッキー山岳部の6つのグループが成立,それぞれの地域で自主的に処理する方法が検討されているが,新しい処理場はまだどこにもできていない。どの州も喜んで厄介なものを引き受けたくないから」である。「検討が続けられている間にも廃棄物の量はますます増える一方」である。
 注記)春名,前掲書,216頁。

 反原発の立場を貫いてきた広瀬 隆は以前から,2011年3月11日の東日本大震災の大地震・大津波の襲来によって発生した福島第1原子力発電所の原子炉溶融事故などの可能性を指摘し,その危険性を警告していた。このたび急遽,『福島原発メルトダウン-FUKUSHIMA-』(朝日新聞出版,2011年5月)を執筆・公刊してもいる。広瀬は『東京に原発を!-新宿一号炉建設計画-』や(宝島社,1981年)『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』(文藝春秋,1982年)を公刊しており,一貫して「原発の危険性」を警告してきた。
 出所)写真ジョン・ウェイン。72歳で胃ガンで死んだが,ある映画撮影がネバダ核実験場の100マイル風下でおこなわれたことが,その死因であるとも考えられている。
    http://hoboart.exblog.jp/13417458/ より。

 3) 原子力空母が攻撃・撃沈され,搭載の原子炉が損壊したら,どうなるか
 アメリカでは原発の新設がここ30年ほど1基もない事実に注目すべきである。だが,アメリカ海軍の保有する原子力空母は,フラッグシップ級の「エンタープライズ」1艦のほか,ニミッツ級の10艦--ニミッツ,ドワイト・D・アイゼンハワー,カール・ヴィンソン,セオドア・ルーズベルト,エイブラハム・リンカーン,ジョージ・ワシントン,ジョン・C・ステニス,ハリー・S・トルーマン,ロナルド・レーガン,ジョージ・H・W・ブッシュ--を就役させている。

 太平洋戦争開始後,約半年が経過した1942年6月5日(アメリカ標準時6月4日)から7日にかけて,ミッドウェー島をめぐって米日両海軍は海戦をおこなっていた。同島の攻略をめざす日本海軍を,アメリカ海軍が迎え撃つ攻防線であった。日本海軍はこの海戦で,機動部隊の中核をなしていた主力航空母艦4艦〔赤城,加賀,蒼龍,飛龍〕とその艦載機を一挙に喪失した。アメリカ海軍は空母2艦のうちヨークタウンを喪失したが,エンタープラズは確保できた。日本軍はこれ以降,この戦争における主導権を失ってしまった。

 ミッドウェー海戦はいまから70年近くも昔の話である。21世紀における現実の海戦を想定する。「原子力空母」への攻撃が「推進方式:動力源」である「原子炉」の破壊となることは,十二分にありうる実際的な想定である。アメリカ海軍は,原子力空母各艦の就役を終わらせる時期を,いつか必らず迎えるはずである。そのときどのように,各艦を処理・始末するのか? 原子力問題において解決困難で深刻な問題が,さらに新しく付加されている。旧ソ連の退役した原子力潜水艦「原子炉」の処理・始末は,いったいどうなっているか?

 原子力艦船は「船の上に原発を搭載している」。前掲「ミッツ級原子力空母1艦の出力は熱出力90万キロワット,発電炉に換算すると約30万キロワットと推定される。これは,関西電力の福井美浜原発1号炉にも相当する大規模なものである。原発の安全神話はすでに,事故の多発の実態が明らかになって完全に崩壊している。

 海軍の原子力艦船の原子炉は,陸上に設置された原子力発電所の原子炉と比較して,陸上の原子炉にはない,つぎのような「数多くの原子炉事故」の危険性が非常に大きくある。

 イ)  狭い船体内に設置するために炉心設計に余裕が少ない。
 ロ)  放射能防護のための格納容器が不十分である。
 ハ)  船の上のため絶えず炉心が振動衝撃にさらされている。
 ニ)  海難事故による原子炉や付属設備の破壊・破損がありうる。
 ホ)  寄港や作戦などにより無理な炉の出力調整を強いられる。
 ヘ)  核ミサイルの高性能火薬と同居させられている。
 ト)  交戦による炉の破壊・故障。
   注記)http://www.asyura2.com/0403/genpatu2/msg/112.html  以下にも参照。

  「原子力推進の艦艇」はいままですでに,最後の ト) 以外の理由・原因などによって「各種の危険な事故」を起こしてきた。これらについて,ここではいちいち触れない。前段の注記中をさらに参照されたい。
 出所)写真は,アメリカ海軍「原子力空母」ジョージ・ワシントン
    http://blog.goo.ne.jp/sekiseikai_2007/e/
       bbb5bf6fac7999339b9dbcd21b039185 より。

 横須賀を母校とする原子力空母ジョージ・ワシントンの原子炉は,40万キロワットの熱出力をもった原子炉が2基装備されている。実際に運用する発電能力は熱出力の30%ぐらいであるから,このジョージワシントンは24万キロワットの発電能力をもっている。その電力は30万世帯が消費できる供給能力である。

 横須賀市の人口は40万人程度で20万世帯はないので,ジョージワシントンはらくらく給電できるわけである。仮にアメリカ海軍の原子力空母全艦11隻が横須賀に寄港し,給電してくれたら,今夏において東電管内で不足が予想される500万キロワットの6割ほどは,苦もなくまかなえる計算になる。

 ② ニッポンの未来

 1) 室伏哲郎『ニッポンの未来-カジノ公認から徴兵制復活まで-』2001年の原発批判論
 室伏哲郎『ニッポンの未来-カジノ公認から徴兵制復活まで-』(宝島社,2001年)は,日本の「原子力政策」は「完全に方向を誤った」ものであった,と断言している。同書,第9章「【ビック・サイエンス】原子力行政が象徴する惨敗続きの日本の巨大科学 戦艦大和と同じ亡国の金喰い虫だ!」は,まさに福島第1原発事故がいざ起きてしまったから,事後その〈後始末〉のためにどのくらい厖大な経費がかかるか分からない点を,一昔もまえに警告していたことになる。東日本大震災の復旧・復興のためには,1説に4兆円以上もの予算がかかるともいわれている。

 なにゆえ,日本の原子力行政は間違っているのか。その1は「日本政府・科学技術庁〔現・文部科学省〕が原子力産業に偏向的な肩入れをしていう大誤算」である。たとえば,日本は,プルトニウムの再処理・再利用が可能ということで,高速増殖炉政策に固執しているが,すでにアメリカ・イギリス・ドイツなどはとうの昔にその政策を転換した。スーパー・フェニックスにこだわりをみせていたフランスも昨年〔注記)1999年か?〕降りた。

 日本だけが再処理作業さえ英・仏両国に委託する程度の技術なのに,原子力関係の官僚諸組織存続のために,一国だけ高速増殖炉や増殖するプルトニウムを原発で利用するプルサーマル計画を強引に推進している。日本政府はこの四半世紀に3兆円以上の巨額な開発費をつぎこみながら,1999年まですでに,宇宙科学行政関連まで含めて数多くの事故〔レベル6まで〕を20件近く発生させてきた。

 日本の原子力行政の間違いのその2は「エネルギー政策の大勢としても,世界的に原子力産業が斜陽化し,海外から安いウランが入り,危険なプルトニウム再利用方策はカビが生えている」ことである。その3は「お粗末な事故が相次いで起こっているにもかかわらず,チェック機能が不在」であることである。その4は「科学技術庁は,臨界の起こる可能性や危険を察知するエンジニアのいない素人の集団」であることである。最後のその5は,「日本の電力の3分の1の賄う原発がなければ,日本の産業は成立・運営できないという常套のウソ」があることである。
 注記)室伏『ニッポンの未来』189-193頁,185頁「日本の巨大科学/歩みと挫折」も参照。

 2) 計画停電の経済犯罪性
 室伏の指摘・批判は残念なことにすべて的中している。とくに最後に指摘された「ウソ」=「日本の産業は原発がなければ成立・運営できない」という申立は,今夏において産業界・各家庭・公共施設などが節電に協力すれば,いとも簡単に却下されうるものである。東電が3月中に実際に連発したいわゆる「計画停電」は,そのウソをいいくるめるために強行した「〈確信犯〉の経済犯罪」であった。産業界に与えた各種各様の不利・支障は非常に大きく,経済的打撃のみならず社会的不安も与えていた。

 東電は,今夏8月末〔本当か? もっと早く実現できるのではないか〕までに,5620万キロワットまで電力供給量を積み増せると説明している。だが,昨年夏まで東電管内の最大電力供給量は,平均で6000万キロワットを超えていない。これを前提に節電に努力すべき「%」は,全体で2割もあれば十分である。「原発がなければ」「日本の産業が成立・運営できない」といっても,それはあくまで「盛夏日におけるピーク時間帯」にだけ関する話である。この「夏期のピーク時」における電力使用量を過剰に強調するのは,眉唾モノなのである。東電幹部たちは,国家からのてこ入れ=助成があって獲得できている,原発関係の「莫大な資産運用」にもとづく電気事業から生まれている「収益の旨味」を離したくない。

 東電福島第1原発事故は,本ブログのばあい早くは「2011.3.12」「■原子炉のメルトダウン■」という題名をもって記述していた。しかし,東電がその後,同原発の1号機で大量の燃料が溶融し圧力容器底部に溜まる「メルトダウン」を,ようやく認めるのは5月にもなってからであった(『朝日新聞』2011年5月13日朝刊3面)。また,同原発3号機が3月14日に水蒸気爆発を起こし,その原子炉建屋について,その前日から高い放射線量のデータを把握していながら公表していなかった事実も分かっている(同上,1面)

 
  出所) http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00199280.html

 『朝日新聞』2011年5月9日朝刊には,「大企業 電力制限7月から,中小企業 節電ひな型 業種別-計画停電『原則実施せず』-」という記事が出ていた。この時点で東京電力管内は『今夏の想定電力需要を 6000万キロワット,供給見通し 5380万キロワット〔その後 5620万キロワットに増加〕』,「必要な需要抑制率 10.3%」とし,東北電力管内は『今夏の想定電力需要を 1480万キロワット,供給見通し1370万キロワット』,「必要な需要抑制率 7.4%」としていた。

 3) アメリカ従属国日本の没主体性
 本日〔2011年5月16日〕の『朝日新聞』朝刊(1面と3面の連続記事「米首脳『無策なら強制退去』」)には,東電福島第1原発事故が発生したさい,アメリカのオバマ大統領がこの事故に対する日本政府の対応の遅れにいらだち,「日本政府がこのまま原発事故の対応策をとらずにいるならば,アメリカ人=8万人の米軍を強制退去させる可能性がある」と通告していたと書かれている。

 その3面の記事の見出しは「東電『真水ない』 米軍『なら運ぼう』」,「外相会談の直前 工程表手渡し-日本,批判恐れ根回し-」とあって,日本政府および東電の関係者が,ほとんど当事者能力を欠いていた様相が書かれている。この記事にコメントを寄せた識者たちは,日本政府は「東電まかせ すれ違いの原因」とか,日米両国の「情報一元化の大切さ教訓」とか,「在日米軍と自衛隊は」「相互運用性がある」ことに第3国(中国!)は関心を向けているはずとか反応していた。とくに,アメリカ政府エネルギー省副長官のポネマンは「フクシマ『依然 深刻な状態』」と指摘し,あたかも日本の政府側の当該関係者であるかのような口ぶりであった。

  で言及したように,日本の原子力発電は「原子力の平和利用」といういわばまやかしの,つまり,それがいつでも原爆製造を用意できる態勢と表裏の関係にある「電力生産の方法」であったこと,敗戦後,アメリカの教導のもとに,日本国の電力会社が原子力発電を導入・利用してきた歴史的な背景があったことも忘れてはならない。

 ③ 大前研一の福島第1原発事故「処理方法」概要

 大前研一の『日本復興計画』(文藝春秋,2011年4月30日。B6判,126頁)という著作がある。その「詳細」はこうである。

 「いまほど日本人にとって,全体の冷静な事実認識と,そのうえにたった短期・長期双方の見通しが望まれているときはない」。「2011年3月11日,日本を襲ったマグニチュード 9.0の地震とそれにつづいた大津波,それによる居住区の破壊,工場群の被災,インフラの破断,そして福島第1原発のチェルノブイリ原発事故に並ぶレベル7の災害」。「この本は,これらの危機・破壊がなぜ起こったかという事実認識と,そのうえに立った短期・長期の復興の道筋を考え」ている。

第1章 これで原子力の時代は終わった
第2章 三分の二に縮小する生活
第3章 日本復興計画

 この本の元になった「大震災2日後の解説」は YouTube で延べ50万ビューを重ねたという。原子力工学の博士号をもつ国家コンサルタントの大前研一が緊急提言し,その売上げの12%は被災地へ義捐するともいう。

 大前は “nikkei BP net” の「企業・経営」欄(2011年4月4日)に,「大前研一の『産業突然死』時代の人生論」の1題として「炉心溶融してしまった福島原発の現状と今後 1~9」を投稿している。この概要を紹介する。

 私〔大前〕は東日本大震災の2日後,3月13日午後8時時点で見解をスカパー BBT757 チャンネルで述べた(YouTube版を参照)とき,すでに「すべて廃炉になる」と指摘した。福島第1原発の事態が深刻化するなか,事故発生から2週間以上経ってから,ようやく政府および東電は廃炉を明言した。

 1)「1~3号機すべてで炉心溶融している」
 さまざまな情報を総合してみると,1~3号機はすべて炉心溶融(メルトダウン)している可能性が高い。そうでなければ,高濃度な放射能,しかも炉心にあったと思われる放射性物質がタービン建屋の地下やトレンチ(坑道)に多量に出てくることはない。また,海水の汚染も通常の3000倍,4000倍を超えるきついものになっている。これらが使用済み燃料プールから出た放射能によるものとは,とても考えにくい。

 2)「燃料の融点は2700度,圧力容器の1550度より高い」
 3号機ではおそらく燃料が溶融し,厚さ16センチもある鋼鉄製の圧力容器の底に穴を開け,格納容器の下にかなり落ちている,と考えられる。仮に水の中に落下したとしても,3センチしか厚さがない格納容器の底を痛めている可能性が高い。場合によっては底に穴が開き,外部の物質と接触し燃やしてしまった可能性もある。

 3)「3月15,16日には炉心溶融していた可能性が高い」
 3月15日・16日の放射能のサージ(上昇うねり)は水素爆発によるものではない。炉心でなにか起きて,外部に放射能が飛び散ったる。炉心圧力容器は140気圧に耐えるので,そこから放射能が直接漏れ出たとは考えにくい。やはり溶融燃料が炉心の底を溶かし,格納容器の底にたまった水のなかに,なんらかのかたちで落下してきた,と考えるほうが自然である。その一部,マグマのようになったウラン酸化物が底辺の鋼鉄を溶かし,外部に水漏れができるくらいの穴を開けていると考えられる。

 4)「配管や配線パイプから水が漏れ出した可能性」
 いま,2号機と3号機は圧力容器の内圧が大気圧と同じになっているので,なんらかの理由で外気とつうつうになっている。逃し弁から放射能が出たとすると,核暴走か水蒸気爆発が起っていたことになる。だから私が3月27日公開の YouTube 版でいったように,格納容器の底辺に穴が開いてしまっている,という説明のほうが辻褄が合う。

 5)「最悪の事態はすでに『過去形』か」
 炉心の緊急停止から3週間以上も経っているので崩壊熱もかなり落ちてきている。メルトダウン(炉心溶融)を含めた最悪の事態はすでに3月15日・16日の日に起きていた,と考える理由である。原子力安全・保安院はこれを認め,事故を「レベル6」と認定し,今後は気の遠くなるような長期にわたる後処理に専念すべき時期に来ているのではないだろうか。

 6)「汚染水をどう処理すべきか」
 放水で冷却をつづけることになれば,今後は放射性物質の外部拡散が徐々に減っていくことになる。しかし,放水などで冷却していては逆に汚染水があふれ出して,周辺の生態系や海水を汚染しつづけることになる。臨界の危険性が少なくなるにつれ,今後の対策は冷却と汚染のバランスに移ってくることを示唆している。

 7)「原発をコンクリート壁で覆うのは慎重に」
 チェルノブイリ原発事故から20年以上経過した現在,原発を覆った「石棺」と呼ばれるコンクリート構造物は老朽化し,亀裂部から放射性物質が漏れ出てエコシステムに浸み出してきている。コンクリートは熱に弱いし,経年変化で風化するため,放射能を閉じこめるのは容易ではない。

 さらに,福島第1原発の場合には膨大な数の燃料集合体が冷却用プールにたまっている。これをコンクリートで閉じこめるのは無謀である。とくに4号機のばあいには,燃料交換のため,すでに炉心の燃料がプールに移されている。つまり,崩壊熱は依然としてかなり高いレベルにあると思われる。そういう状態のものをコンクリートで封じこめることはできない。

 私は地震発生から1週間後の3月19日に,建屋全体を数年にわたってテントのようなもので覆ったらどうかと提案している。これで放射性物質の拡散をかなり抑えられる。風向きによって一喜一憂する状態はこれでなくなる。この案は政府も現在検討しており,その内容については,30日付の朝日新聞朝刊が1面トップで報じている。

 福島第1原発が廃炉になることが決まれば,港湾の一部を封鎖して,そこに汚染水を流しこむ作戦のほうが現実的かもしれない。もちろん恒常的な冷却ループができれば,それに越したことはない。

 8)「使用済み燃料を移す『中間貯蔵施設』の問題」
 繰り返しになる。まずは放射性物質の飛散を防いだうえで,依然として発熱しつづける炉心の温度を下げるため,3~5年はホウ酸を混ぜた真水で冷却しつづけなければならない。その間,現場は高濃度の放射能で危険であるから,限定的な作業しかできない。

 そして,冷却プールの燃料集合体をとり出したあと,つまり5年くらいあとになってはじめて,廃炉になった建屋全体をコンクリート壁で封じこめるという対策がとれるようになる。米国のスリーマイル島原発事故でも,数年後からロボットで作業をし,6年くらい経ってから人が入れるようになり,最終的にコンクリート漬けにされたのは10年以上経過してからである。

 話は前後するが,3~5年後に炉心が十分に冷却された時期を見計らい,冷却プールにある使用済み燃料をキャスクと呼ぶ巨大な金属容器に10本ずつくらい入れて「中間貯蔵施設」に移すのである。なお,炉心にある燃料は蓋を開ける装置が破壊されているのでおそらくとり出せない。

 中間貯蔵施設は現在,青森県むつ市に建設中であるが,第1期工事で出来上がる 800トンの容量はすでに予約で満杯である。つまり,福島1号原発の使用済み燃料を移すときには,第2期工事以降の中間貯蔵施設が完成していることが前提になる。いずれにしても5年以内ということはない。

 代案としては廃炉となり「永久立入禁止区域」となる福島第1原発内にある敷地(たとえば7号機,8号機用の用地)などに新たに設置するほうが現実的なのではないかと思われる。

 9)「長期にわたって困難な作業がつづく」
 その後,再処理により使用済み燃料からプルトニウムをとり出し,残った燃料は通常,地下800~900メートルの場所に永久貯蔵する。ただし,ここでも問題があって,日本にこのような永久貯蔵施設はない。ロシアなど他国に協力を仰ぐか,同じく福島第1原発の敷地内に永久貯蔵施設を造るしかない。
 注記)http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110404/265766/?ST=business&P=1〔から 9 まで〕

 大前は,以上の筋書=「今後のシナリオ」が「順調に事が運んだとしても10年,20年という単位で考えていかなければなら」ないから,「今回の原発事故は仮に最悪期を脱したとしても,今後かなり長期にわたって困難な作業がつづく」と結論している。

 ④ む す び

 原子力発電は,高効率的な殺人機能をもつ原子力という物質を「平和利用している」という。けれども,《悪魔の火》を「原子炉という『パンドラの箱』」のなかに囲いこみ,使いこんできたつもりでいただけであって,とうとうその悪魔性を抑えきれなくなるという「本質的な不可避の難局」に追いこまれた。


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